リュウジアカデミー

応用編

【星のとびら】伝統占星術と占星術師が持っていた「時間」

『現代占星術家のための伝統占星術入門』(太玄社)



(翻訳は、あの『クリスチャン・アストロロジー』を
 訳された田中要一郎さん!)

ベンジャミン・ダイクスさんの来日セミナー、

僕も最後に少しだけ覗かせていただきました。

英国でも、ロットのセミナーを受けさせていただいていたけれど、
とてもわかりやすく明快な講義に、改めて興奮しました。

と同時に、


プライマリ・ディレクションでASCなどのポイントを進行させ、

ターム通過の時期を測定し、

アスペクトでほかの天体との関係を見て
タイムロードを判定する、

などという複雑な計算を
(占いクラスタ以外の皆さん、ややこしい話、ご容赦!)

コンピュータのない時代にやっていた

古の天文学者、占星術師に思いを馳せていました。


ウイリアム・リリーの時代と

それ以前のディレクションでは
解釈のポイントが変わっているし、

17世紀になるとディレクションが
ピンポイントな見方になっていくけれど、

それ以前は、時間の流れを「期間」的な、
一種の流れとして捉えていたのではないか、と
食事のときにダイクス先生が指摘されて、これも大変面白かった。

また、古典的な占星術の複雑な「技法」を復元することは
大変、意味があることで重要だけれど、

コンピュータ時代の僕たちが気をつけなければいけないのは、
一発で計算結果が出てしまう「便利さ」そのものかもしれない

とも感じた。

ヘレニズム占星術には、実際の天体の運行とは
無関係な(プロフェクションなど含め)
数秘術的な算術もあったりする。

古典占星術の時代とは、今は時間の観念自体が変わっている。

何時間も星の動きを計算するという作業自体が

一種の瞑想というか、

占星術師を占星術師たらしめていたのではないか。

いうなれば、写本を作り続けた修道士と、
スキャンで済ませる現代人の意識の差のような、、、。

僕は占星術の「失われていた技法」が
「より当たる技法」であるとは素朴には思えないけれど、

その技法を成立させた世界観、あるいはその複雑な技法の中に
沈静していったであろう先人たちの精神世界に
思いを馳せて、ドキドキしてしまうのです。

だいたい、僕の狭い部屋の中にある時計の数は、
中世の街にある時計をすべてかき集めた数を上回るのではないか。
(置時計や腕時計、スマホはもちろんエアコンやテレビ、炊飯器のタイマー…)

時を計ることさえ古典占星術の時代には一種の秘儀だったと思う。

今と中世では、時間そのものの取り扱いが違うのだ。

こうした伝統占星術の技法を通じて、
星に、そして占星術師たちへの意識に
しばし、思いを寄せてみたい。