リュウジアカデミー

エッセイ

占いとイマジネーション

しばらく前に僕がよく使っていた言葉に「リテラリズム」というものがありました。
日本語では「字義主義」とか「字句主義」「直解主義」などと訳されている言葉で、心理学者のジェイムズ・ヒルマンなどがよく使っています。

これは、「言葉をそのまんま受け取る」ということを表しています。
たとえば、「霊」だとか「運命」といった目には見えない存在をそのまま、文字通りに受け取って一喜一憂すること、だといえば分かりやすいでしょうか。

占いはこうした領域のことを扱っているので、すぐにリテラリズムに陥ってしまいやすい側面があります。
そうなると即座に「あるかないか」「あたるかあたらないか」といったことに問題が落ち着いてしまいます。

しかしながら、何万年もの間人々は「運命」について考えてきましたが、これが「文字通り」存在するという証拠はひとつもありません。


ではなぜ、ぼくたちはこの言葉に惹かれるのでしょうか。

それは「運命」とか「魂」という言葉でしか表現できないようなリアリティを感じているからであり、ぼくたちがそれを「感じる」のは否定もしようがないからです。

そう、「あるかのように」、というところからぼくたちの人生は出発します。

イマジネーションを単なる妄想と捕らえるのではなく、そこにこそ人間の実存の『ほんとう』があると考えて、運命の星に思いをめぐらせるのです。

リテラリズムに陥ると、占いは単なる盲信になってしまいかねませんが、「あるかのように」考えるというスタンスをキープできるのなら、占いのもつイマジネーションはこの上なくぼくたちの人生を豊かにしてくれると僕は信じています。